【ピアノと木管】ピアノと木管のアンサンブル曲おすすめ10選 part 3(四~七重奏曲)

こんにちは!H. Châteauです。以前、ピアノと木管の三・四・五重奏曲(part 1)や、ピアノと木管の六重奏曲(part 2)を紹介しましたが、調べてみたらまだまだピアノと木管の曲が見つかりました。そこで今回part 3として、マニアックだけれども音楽史に名前が載っていたり、世界のWikipediaを調べたら出てきたりする作曲家の曲を10曲(四重奏~七重奏)ご紹介します!

【ピアノと木管】ピアノと木管のアンサンブル曲おすすめ10選!part 2(六重奏編)

2017.06.22

【ピアノと木管】ピアノと木管のアンサンブル曲おすすめ10選!part 1(三重奏・四重奏・五重奏編)

2017.06.20

なお、マニアックな曲が多いため、プロではなくアマチュアが演奏している動画を紹介している場合もあります。お気に召さない場合は是非演奏してYoutubeに掲載してください!

四重奏

1.Cl / Fg / Hr / Pf; F. ベルワルド「ピアノと管楽器のための四重奏曲, Op.1」(1819)

スウェーデンのバイオリニスト兼作曲家、フランツ・ベルワルド(Franz Berwald, 1796年 – 1868年)が1819年(23歳)に作曲した、Cl, Fg, Hr, Pfのための四重奏です。Es-durで3楽章からなり、一楽章と三楽章が長めで、演奏時間は計約23分です。

この曲は1819年の作品で、ベルワルドが作曲家ではなく王立管弦楽団のヴァイオリン奏者だったころの作曲作品になります。また、この年代はまだベートーヴェンが生きており、交響曲第8番はできているけど第9番はまだないような時代です。ベルリオーズよりも7歳年上のスウェーデンの作曲家がヴァイオリンの現役奏者だった20代の若かりし頃に書いた曲。当時にしてはやや近代的な曲な気もします。ピリオド楽器で演奏したらまた違った響きが楽しめそうです。

I. Adagio: Allegro ma non troppo
II. Adagio
III. Allegro

ベルワルドはヴァイオリニストの父親や王立管弦楽団の指揮者等に師事しながら、青年期までスウェーデンの宮廷楽団でヴァイオリン奏者をしたり作曲したりしていましたが、生前は作曲が評価されませんでした。活動拠点をスウェーデンからベルリンに移してからも、生計を立てるために40歳目前で整形外科を開業することもあるほどで、1841年(45歳)にウィーンに移ってからやっと作曲家として評価されましたが母国スウェーデンでは晩年の帰国後も没する直前まで評価されませんでした。ときに新聞上の論評が敵意にまみれていることもあるほどだったそうです。死後、19世紀のスウェーデンの指揮者や作曲者がベルワルドの作品の普及に尽力したため、当時スウェーデンで最も独創的で近代的な作曲家」として認識されることとなりました。デンマークのカール・ニールセンも1900年代初頭に「メディアや金や権力は、すぐれた芸術を害することも、役立つこともできない。そうした例は、自作のために前進し、創作し、立ち上がる実直できちんとした芸術家たちのうちに、いつでも見出せる。スウェーデンにその最上の例がある――ベルワルドだ。」として、周囲(メディアや権力)の彼に対する無評価を断じるとともに彼の音楽を評価していました。

Wikipedia(日本語) / フランツ・アドルフ・ベルワルド
Wikipedia(英語) / Franz Berwald
IMSLP / Quartet for Piano and Winds, Op.1 (Berwald, Franz)

2.Fl / Cl / Hr / Pf; S. カルク=エーレルト「ユーゲント」(1919)

ドイツの作曲家、ジークフリート・カルク=エーレルト(Sigfrid Karg-Elert, 1877年 – 1933年)が1919年(42歳)に作曲した、Fl, ACl, Hr, Pfのための四重奏です。H-durで単一楽章であり、演奏時間は20分程度です。動画が2つに分かれていますが、つづいた1曲です。

ユーゲント(Jugend)はドイツ語で「若さ」「若者」「青春」の意味合いです。それぞれ微妙に意味合いが異なりますが、正確に和訳されているものが見つからなかったのでここではカタカナで「ユーゲント」としております。英語ではYouth。拍子が曲中で結構変わるのが特徴的です。20世紀初頭の音楽に分類されるように、和音やリズムもロマン期のがっちりした構造から少し離れ始めたように思います。


カルク=エーレルトは、オーボエ・クラリネット2本・ファゴット・ホルンの木管五重奏曲も作曲しており、こちらの記事でも紹介しています。「五重奏曲」(1913年)はリズムや和音、調性がハッキリしていたのに対し、この「ユーゲント」(1919年)ではリズムや拍子や和音や調性が近代音楽に近くなっているのがわかります。Wikipediaに「近代音楽の時代に入り調性音楽の崩壊を目の当たりにした彼は、主要音をのこしながらも調性の境界が明解でない方向へ舵を切った。」とあるように、もしかしたらちょうど舵を切り始めた頃の曲なのかもしれません。そういう意味では彼の新しい音楽への「ユーゲント」なのかもしれませんね。

Wikipedia(日本語) / ジークフリート・カルク=エーレルト
Wikipedia(英語) / Sigfrid Karg-Elert
Wikipedia(ドイツ語) / Sigfrid Karg-Elert
IMSLP / Jugend, Op.139a (Karg-Elert, Sigfrid)

3.Fl / Ob / Cl / Pf; J-M. ダマーズ「ピアノと管楽器のための四重奏曲」(1991)

フランスの作曲家、ジャン=ミシェル・ダマーズ(Jean-Michel Damase, 1928年 – 2013年)が1991年(63歳)に作曲したFl,Ob, Cl, Pfの四重奏曲です。全4楽章で、演奏時間は12分程度です。

ダマーズは20世紀フランスの主流であった前衛的な音楽に反して、新古典主義(過去からの伝統的な形式や機能的和声を尊重する主義)的な音楽を基礎においていました。このため、ダマーズが若かりし頃は反主流派として評価が低かったようですが、現代になって多くの人が音楽に触れられるようになったのも後押ししたのでしょうか、現在再評価が進んでいる作曲家です。音大等で専門的に学ばれている方や、専門の先生に習っている方にとっては比較的メジャーな作曲家だと思います。

この四重奏も現代的な音使い・楽器使いはしつつも、基本的な音楽の流れがありますので現代の曲と思えないほど聴きやすいです。フランス的な鮮やかさと艶やかさにあふれている作品だと思います。

I. Moderato
II. Allegro
III. Andante
IV. Allegro vivace

ダマーズはとりわけフルート業界や木管室内楽で有名だと思います。ダマーズのフルート協奏曲も爽やかで人気です。なお、当然ながら現代の作曲家なので楽譜は無料で手に入れられません。気になる場合は是非購入しましょう。

Wikipedia(日本語) / ジャン=ミシェル・ダマーズ

五重奏

4.Fl / Ob / EsCl / BbCl / Pf; A. ポンキエッリ「ピアノと4つの管楽器のための四重奏曲」(1873?)

イタリアの作曲家、アミルカレ・ポンキエッリ(Amilcare Ponchielli, 1834年 – 1886年)の1888年(54歳)に出版されたFl, Ob, EsCl, BbCl, Pfの五重奏曲です。作曲年は1857年(23歳)とも1873年(39歳)ともいわれており、全くわからないので一応出版年に近い1873年?としています。作品番号もOp.110とされているようですが、ネットに確証が持てる情報がないため、ここでは未記載にしています。

曲は単一楽章で14分程度ですが、度々拍子や速度標語が変わっており、変わる直前にフェルマータ付き休符があったりしますので、ぱっと聞くと楽章ものでAttacaで演奏しているようにも感じます。オペラの作曲家らしい歌パートと伴奏・装飾パートに分かれている部分もあれば、細かく跳ねるような音型、煌びやかな上昇音型や下降音型、効果的な装飾音符など、木管楽器の魅力をイタリアらしい方向性で発揮しているようにも感じます。

四重奏というタイトルは間違いではなく、正式に四重奏(Quartetto)というタイトルですが実際には5つの楽器で演奏される五重奏です。何故そのような名前になっているのかははっきりしていないようですが、4つの管楽器とオーケストラで演奏する「Quartetto di Concerto」バージョンもあるようなので、意味合いとしては伴奏付きの「ソロ楽器が4本」ということかもしれません。もちろん、単にポンキエッリ(または出版社)が勘違いしていたというだけかもしれません。

Wikipedia(日本語) / アミルカレ・ポンキエッリ
Edition Silvertrust / Amilcare Ponchielli Quartetto, a quintet for Flute, Oboe, E flat Clarinet, B flat Clarinet and Piano
IMSLP / Quartetto for 4 Winds with Pianoforte (Ponchielli, Amilcare)

5.Fl / Ob / Cl / Fg / Pf; A. マニャール「ピアノ五重奏曲, Op.8」(1894)

フランスの作曲家、アルベリク・マニャール(Albéric Magnard, 1865年 – 1914年)が1894年(29歳)に作曲した、Fl, Ob, Cl, Fg, Pfの五重奏曲です。D-mollで4楽章からなり、演奏時間は35~40分近くなります。

一楽章は近代フランス的なややメランコリックな雰囲気があり、シンコペーションや装飾音符、ピアノの連符やアルペジオ等でフランスの流麗さが表れています。展開部の管楽器のフーガのような部分がかっこいいです。響きはカプレの「五重奏」に近い気もします。二楽章は始めからまどろむような優しいクラリネットのソロが続き、ピアノ独奏の後、全員で一楽章のメロディーを緩いテンポで再現します。三楽章は絶え間なく流れるピアノの上でユニークなリズムのメロディーを奏でます。この曲の中では一番民族的かもしれません。四楽章は歯切れがよく、最初のテーマがどこかデュカスの「魔法使いの弟子」を思い出させます。ピアノやTuttiで演奏した後、管の独奏が現れ、頭のテーマが戻ってきます。全員でユニゾンした後再度優しいメロディーが戻ってきますが、バソンの長めの独奏とピアノの独奏を経て、ユニゾンで終わります。全体的に後期ロマン派のフランス室内楽らしい印象です。

I. Sombre – Animez jusqu’à la rentrée – Large – Mouvt du début
II. Tendre  – Largement – Vif et rythmé – Largement – Elargissez – 1er mouvt
III. Léger 
IV. Joyeux – Pressez pour enchaîner – 1er mouvt – Largement – Vif – Largement – Mouvt du début – Elargissez – Large – Retenez – Mouvt du début

マニャールはパリ音楽院で対位法を「和声学」の著者であり作曲家のテオドール・デュボアに、作曲は「タイスの瞑想曲」で有名なジュール・マスネに習いました。また、フーガと管弦楽法を「フランスの山人の歌による交響曲(Wikipedia)」や「歌と踊り」で有名なヴァンサン・ダンディに学んでいます。ダンディの恩師フランクが循環形式を多用したのもあり、マニャールも循環形式を用いています。

使っている楽器が同じというのもあると思いますが、カプレの「五重奏曲」(1899年)記事)に響きや雰囲気が似ている気がしました。しかし、マニャールの方が5年早く作曲しているので、厳密にはカプレの方が似ているということになります。マニャールの方がカプレより13歳年上ですが、音楽史から言えばほぼ同時期の作曲家で、2人ともパリ音楽院で学んでおりますので似ているのも頷けます。また、マニャールはフランス国民音楽協会のデュボア・マスネ・ダンディに学んでおり、カプレもフランス国民音楽協会のフォーレに学んだだけでなくデュボアが学長になった頃のパリ音楽院にいましたので、雰囲気が似るのも当然かもしれません。

なお、マニャールは第一次大戦中に自宅をドイツ兵から守ってる間銃撃及び放火により焼死(49歳)、カプレは第一次大戦従軍中に毒ガスの影響で戦死(47歳)しています。戦争は色彩豊かな室内楽の大家を失わせてしまいました。

また、四楽章の最初のテーマがどこかデュカスの「魔法使いの弟子」(1897年)に似ているとも書きましたが、なんとデュカスはマニャールと同じ1865年の生まれで、マニャールと同じくパリ音楽院でデュボア学んでいます。「魔法使いの弟子」のほうが後の作品ですが、もしかしたらマニャールとデュカスの間に親交があったかもしれませんし(実際、マニャールは自作のピアノとヴァイオリンのソナタについて、デュカスに否定的に語ったことがあるようです)、このような音型がその当時パリ音楽院で人気だったのかもしれません。

Wikipedia(日本語) / アルベリク・マニャール
Wikipedia(英語) / Albéric Magnard
Wikipedia(フランス語) / Albéric Magnard
Wikipedia(フランス語) / Sonate pour violon et piano (Magnard)
Wikipedia(日本語) / 国民音楽協会
Wikipedia(日本語) / アンドレ・カプレ
Wikipedia(日本語) / ポール・デュカス
IMSLP / Piano Quintet, Op.8 (Magnard, Albéric)

6.Fl / Cl / Fg / Hr / Pf; H. フーバー「ピアノ五重奏曲 変ホ長調, Op.136」(1918)

スイスの作曲家、ハンス・フーバー(Hans Huber, 1852年 – 1921年)が1918年(66歳)に作曲した、Fl, Cl, Fg, Hr, Pfのための五重奏曲です。Es-durで4楽章からなり、演奏時間は30分弱です。

一楽章はsentimentoのとおり感傷的な管楽器のメロディーが続き、途中軽やかな踊りのような雰囲気や熱情的な部分が入り混じります。二楽章は打って変わって上下に跳ね回るように軽快で、クラリネットやファゴットの上昇音型の後にフルートが下ってくるのが印象的です。三楽章は間奏曲とありますが、まるで組曲の小品のように聴きやすくワクワクします。四楽章は早くはなくやや重く熱めで、ホルンが目立つ部分がいくつかあり、管のソロも度々出てきて終曲の風味が出ています。

ピアノにも技量が必要な曲ですが、メインのメロディーはほとんど管楽器がソロやユニゾンで行っている印象を受けました。フルートとクラリネットのオクターブユニゾンや、ファゴットとホルンの組み合わせが多く、基本的に管に2つの声部とピアノの伴奏のような構造です。この時代の曲としてはかなりロマン派のような作りで、それこそ楽器の使用法がテュイレの「六重奏」に似ていたり、曲の流れも緩徐楽章の順番を除けばロマン派に見られる一般的なタイプで、演奏しやすく聴きやすいと思います。

I. Adagio con intimo sentimento
II. Scherzo – Allegrissimo
III. Intermezzo – Allegro con fuoco
IV. Allegro moderato

フーバーは木管五重奏とピアノの六重奏も作曲しています。こちらの記事で紹介していますので、是非ご覧ください。六重奏を1898年に作曲していますので、この五重奏の方が後の作品になります。

フーバーは現在でこそほとんど知られていない作曲家ですが、18歳からドイツの音楽院にてカール・ライネッケに学び、25歳でスイスに帰国して音楽学校教師を経て、37歳でバーゼル音楽院の教授になっています。その後院長にもなりました。ブラームスやサン=サーンスと親交があり、ベルリオーズやラフの影響を受けています。8曲の交響曲や4曲のピアノ協奏曲、2つのヴァイオリン協奏曲や多くの室内楽曲を残している、スイスの知られざる作曲家です。

Wikipedia(日本語) / ハンス・フーバー
Wikipedia(英語) / Hans Huber (composer)
IMSLP / Quintet for Piano and Winds, Op.136 (Huber, Hans)

7.Fl / Ob / Cl / Fg / Pf; M. イッポリトフ=イワノフ「グルジアの夕べ, Op.71」(1935?)

ロシアの作曲家、ミハイル・イッポリトフ=イワノフ(Mikhail Ippolitov-Ivanov, 1859年 – 1935年)が1935年?に作曲したFl, Ob, Cl, Fg, Pfの五重奏曲です。IMSLPでは1935年作曲?の作品番号Op. 71となっていますが、日本語版及び英語版Wikipediaでは1935年作曲のOp.69aとされています。どちらが正しいか不明でしたので、ここではIMSLPに準じました。

曲は単一楽章で、演奏時間は5分に満たないくらいです。オーボエの民族感あふれる夕方のメランコリックなメロディーで始まります。曲通してほとんど1本の管楽器がメロディーを演奏し、周りはみんな伴奏のような作りになっています。オーボエのメロディーが際立って多いため、オーボエの独奏曲といっても過言ではありませんので、是非オーボエの上手な団体に演奏していただきたいと思います。

グルジアはロシアの南方とトルコに接する国で、黒海とカスピ海に挟まれた位置にあります。イランやイラクの中東諸国とロシアに挟まれておりますが、2008年にロシアと戦争しており、EUに加盟しようとしている国比較的西寄りの国でもあります。なお、日本では政府の要請により2015年にグルジアをジョージアと呼ぶよう外名を変更しました。ただ、イッポリトフ=イワノフが作曲した頃はまだソビエト連邦の構成国でしたので、ここでは名称を変えていません。

なお、イッポリトフ=イワノフは、サンクトペテルブルグ音楽院を卒業後にグルジアに新設された音楽院で校長を務めたことがありました。その後モスクワ音楽院で教鞭をとっています。

Wikipedia(日本語) / ミハイル・イッポリトフ=イワノフ
Wikipedia(日本語) / イッポリトフ=イワノフの楽曲一覧
Wikipedia(英語) / Mikhail Ippolitov-Ivanov
Wikipedia(英語) / List of compositions by Mikhail Ippolitov-Ivanov
IMSLP / An Evening in Georgia, Op.71 (Ippolitov-Ivanov, Mikhail)

六重奏

8.Fl / Ob / Cl / Fg / Hr / Pf; J. ジョンゲン「ラプソディー, Op.70」(1922)

ベルギーの作曲家、ジョゼフ・ジョンゲン(Joseph Jongen, 1873年 – 1953年)が1922年(49歳)に作曲したFl, Ob, Cl, Fg, Hr, Pfのための六重奏曲。単一楽章でD-mollの曲で、演奏時間は約20分です。

曲はどこか映画音楽のオープニングのような、朝の日の出のような雰囲気で始まります。ホルンに始まる合奏部分を経て、ピアノがハバネラのようなリズムを刻みながら管楽器の自由な動きのメロディーを奏でます。途中、ファゴットに始まる熱く軽快なメロディーがあった後、管楽器のみの部分が現れます。ピアノの伴奏と管楽器の独奏後、ホルンに始まる軽快で賑やかなシーンが現れ、度々静かな部分がありつつも最後に向かいます。

全体的に和音や響きやリズムが近代的で、他のピアノ付き木管アンサンブルの中でも極めてユニークな曲です。かといって現代曲のようにリズムや和音やメロディーがなくなっているわけでもなく、どこにルーツがある曲なのか不思議な曲です。

ジョンゲンは若いころから音楽の才能を発揮し、7歳でベルギー東部のリエージュ音楽院に入学し、13歳には作曲を始め、19歳にはピアノの指導者免状、23歳でオルガンの指導者免状を得るなど、かなり早熟な作曲家でした。24歳には芸術を専攻する学生に対してフランス国家が授与した奨学金付留学制度「ローマ賞」を受賞して各国へ研修旅行に行き、ベルリンでヴァンサン・ダンディに会い、リヒャルト・シュトラウスに作曲を学んだようです。その後パリではガブリエル・フォーレとダンディに学んでいるようです。29歳にはベルギーに戻ってリエージュ大学の和声と対位法の教授になっています。第一次世界大戦中はイギリスに逃れますが、戦後ベルギーに戻り、ブリュッセル王立音楽院でフーガの教授になるなど、主にベルギーで活躍していた作曲家でした。シベリウスの少し後の作曲家で、同年代の作曲家はツェムリンスキー、ヴォーン・ウィリアムズ、ラフマニノフ、ホルスト等です。

多作家でもあったようで、交響曲、協奏曲、室内楽曲等かなりの数を残していますが、いくつか自分で破棄したものもあるようです。彼の最も有名な曲は1926年に作曲したオルガンとオーケストラの「協奏交響曲 (Symphonie Concertante)IMSLP)で、サン=サーンスの「交響曲第3番 オルガン付き」IMSLP)やプーランクの「オルガン協奏曲」IMSLP)と並ぶ傑作とされています。サン=サーンスやプーランクと比べても、響き豊かでかっこいい曲です。

Wikipedia(日本語) / ジョゼフ・ジョンゲン
Wikipedia(英語) / Joseph Jongen
Wikipedia(ドイツ語) / Joseph Jongen
Wikipedia(フランス語) / Joseph Jongen
IMSLP / Rhapsody, Op.70 (Jongen, Joseph)

9.Fl / Ob / Cl / Fg / Hr / Pf; W. リーガー「ピアノ協奏曲」(1953)

アメリカの作曲家、ウォリングフォード・リーガー(Wallingford Riegger(1885年 – 1961年)が1953年(68歳)に作曲したFl, Ob, Cl, Fg, Hr, Pfのための六重奏曲。3楽章構成で、演奏時間は約13分です。

曲はピアノ協奏曲というタイトルのとおり、確かにピアノが伴奏というよりはピアノ主体で管楽器と入れ替わりながら演奏したり合奏したりしています。一楽章は十二音技法を用いた無調の雰囲気をしていますが、Allegroなので勢いがあります。曲の後半に冒頭の主題?が再現されますので、意外と構造的なのがわかります。二楽章はファゴットとフルートだけで始まるゆっくりで無調の雰囲気ですが、すぐピアノと合流します。一楽章との違いが分かりづらいですが、一楽章よりも跳ねるような細かいリズムが断片ながらも出てきます。伸ばしの音型と細かいリズムの対比が印象的です。この楽章も後半に冒頭のファゴットとフルートが再現されて終わります。三楽章はダンスのような定型的なリズムテーマがあり、前2楽章よりもハッキリしていて面白いです。

I. Allegro
II. Andante
III. Allegro molto

チェロの才能があったリーガーは、ジュリアード音楽院の前身である「音楽芸術研究所(The Institute of Musical Art)」で作曲をパーシー・ゴッチス(Percy Goetschius)に学びました。22歳~25歳でベルリンの音楽大学に学び、1917年(32歳)第一次世界大戦に入った後アメリカに戻って指揮者になりました。その後、アメリカのドレイク音楽大学で音楽理論やチェロを教え、他に様々な大学で教鞭をとりながら作曲し公表していました。バーンスタイン(1918年生まれ)がリーガーの晩年の作品「オーケストラのための音楽, Op.50」(1958年、73歳の曲)をニューヨークフィルで指揮した際、リーガーを讃えていたという話が残っています。

リーガーはオーケストラ曲の他、ダンスや映画の曲も作っていた作曲家ですが、1921年頃に体系化したとされるシェーンベルグの「十二音技法」に影響を受け、アメリカで初めて使用したアメリカ人作曲家の1人でもあるということです。彼の初期の作品はロマン派的な曲を書いていましたが、十二音技法を取り入れてからは頻繁に使用されるようになりました。50歳前後からは現代のダンス音楽を作り、十二音技法もますます取り入れられていきましたが、時々は昔のスタイルの曲も作曲していたとのことです。

Wikipedia(英語) / Wallingford Riegger
IMSLP / Piano Concerto, Op.53 (Riegger, Wallingford Constantine)

七重奏

10.Fl / Ob / Cl / Fg / Hr / Cb / Pf; G. オンスロー「大七重奏曲, Op.79a」(1849)

フランスの作曲家、ジョルジュ・オンスロー(George Onslow、1784年 – 1853年)が1849年(65歳)に作曲した、Fl, Ob, Cl, Fg, Hr, Cb, Pfのための七重奏曲です。B-durの4楽章構成で演奏時間は35分程度です。

管楽アンサンブルでありながら、冒頭はわずか1小節ですがまさかのコントラバスで始まります。コントラバスを用いる木管アンサンブル曲はいくつかありますが、コントラバスで始まるのは初めてでした。綺麗で明るい管楽器のメロディーがありつつ、コントラバスとピアノの低音が重厚で、大七重奏曲(Grand septet)の名のとおり木管とピアノだけでは表せないGrandな厚みのある響きになっています。二楽章は短調でタランテラのように激しく繰り返される3連符の音型が印象的です。中間部には美しいホルンのソロがあります。三楽章もホルンのソロで始まり、ピアノの優雅な旋律が長く続きます。この楽章はピアノが中心で、管楽器はベートーヴェンのように打楽器的に使われている印象を受けます。4楽章は小気味よい軽やかな音型が曲通して続きます。テンポ自体は早すぎないので、ウキウキした、少し遊び心あふれるような雰囲気です。最後もあっさり締めるので、スッキリした印象です。

I. Allegro moderato
II. Scherzo: Vivace
III. Andante – Molto cantabile e grazioso
IV. Finale: Allegretto

オンスローはフランスに亡命していたイングランド人貴族の息子で、パリで木管五重奏で有名なアントン・ライヒャから作曲を学んでいました。ちょうど古典派とロマン派の過渡期の作曲家で、4つの交響曲と4つのオペラの他、膨大な室内楽作品を残しています。当時のフランスではあまり認識されていなかったようですが、ドイツではメンデルスゾーンシューマンに高く評価されていたようです。

Wikipedia(日本語) / ジョルジュ・オンスロー
IMSLP / Septet, Op.79a (Onslow, George)

あとがき

いかがでしたでしょうか?ダマーズは音大生やプロにも取り上げられますが、それ以外はほとんどご存知なかったのではないでしょうか。一つでもプロの生演奏を聴いてみたい!演奏してみたい!という曲があると嬉しいです。
しかし探してみるといろいろ素敵な曲が見つかるものですね。引き続き、知られざる名曲のサルベージを続けたいと思います。

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