チャイコフスキー”1812年”ストーリーを徹底解説!(楽譜・音源付き)

こんにちは、H. Châteauです!
みなさんチャイコフスキーの「1812年」という曲はご存知ですか?そう、大砲や鐘を使うド派手な曲です。
この曲はチャイコフスキーが様々な曲を引用して歴史のストーリーを再現しています。今日はそのストーリーを、曲と楽譜付きで徹底的に解説します!

1812年ってどんな曲?

ロシアの作曲家チャイコフスキーが作曲した「ナポレオン率いるフランス軍の侵攻をロシアが撃退するストーリー」の曲です。フランスとロシアの国歌やロシアの民謡が登場し、熱く激しい曲調大砲や鐘も登場する迫力から、日本人が大好きな曲の一つです!

実はベートーヴェンをオマージュした曲?

大砲や鐘を使い、荘厳で愛国心溢れる事から当時より人気がありましたが、チャイコフスキー自身は「決して精魂を込めて書き上げた作品とは受け止めてはいなかった」Wikipedia)ようです。

実は、1813年6月にイギリス・スペイン・ポルトガル連合軍とフランス帝国(ナポレオン勢力)間で起きた戦争ビトリアの戦いを、かのL.v. ベートーヴェンがウェリントンの勝利(1813年12月初演)」という曲にしていました。

この曲の特徴は、『行進ドラムと進軍ラッパに続いてイギリス軍を表す「ルール・ブリタニア」とフランス軍を表すフランス民謡「マールボロ将軍は戦争に行く」が現れ、激しくぶつかり合い、やがてフランス軍が撤退』し、『イギリス軍の勝利を祝う華々しい凱歌』という”1812年”に似た構造を持つだけでなく、『火器の使用』という点でもとても類似した構造となっているのです。

どちらの曲も国歌・民謡・火器を使用しており、さらにどちらもフランス(ナポレオン勢力)の敗退がテーマで、1812年と1813年という極めて近い時代の戦争をテーマにしていることから、チャイコフスキーがベートーヴェンの曲構造をオマージュ…というよりはアイデアをそのまま借りて当時のロシア風に直したのでしょう。

“1812年”に使われている曲にチャイコフスキー自身のオリジナリティが少ないので、チャイコフスキー自身の冒頭の発言になったのではないでしょうか。

  ベートーヴェン チャイコフスキー
作曲年 1813年 1880年
題材 1813年「ビトリアの戦い」 1812年「ナポレオンのロシア遠征」
戦争の内容

〇イギリス・スペイン・ポルトガル連合
vs
✖フランス帝国

〇ロシア帝国
vs
✖フランス帝国
国歌 イギリス「ルール・ブリタニア」 フランス「ラ・マルセイエーズ」
ロシア「神よツァーリを護りたまえ」
民謡等

フランス民謡「マールボロ将軍は戦争に行く」

ロシア正教讃美歌「主よ、汝の民を救いなさい」
ロシア民謡「門の前で」
火器の使用 マスケット銃・大砲 大砲

どんな歴史のストーリー?

1812年の史実では次のようなストーリーです。

  • 6月23日~ ナポレオンのフランス軍がロシアに侵攻開始!
  • 9月7日~   モスクワ西方100kmのボロジノで戦闘!強いフランス軍!ロシア撤退…

ルイ=フランソワ・ルジューン作 ボロジノの戦い

  • 9月14日~ フランス軍、モスクワ占拠!しかしもぬけの殻!?

アルブレヒト・アダム作 モスクワ焼き討ち

  • 10月19日~  食料不足&ロシアの抵抗でフランス軍撤退…!
  • 11月~   冬の到来(冬将軍)によりフランス軍壊滅…!!

イラリオン・プリャニシニコフ作 フランスの撤退

チャイコフスキーは、このストーリーを音楽で再現しています。

曲のストーリーを徹底解説!

それでは曲の最初から、徹底的に解説していきます!

1.神への祈り

冒頭から、ロシア正教讃美歌「主よ、汝の民を救いなさい」(”O Load, Save thy People”)を引用しています。そのタイトル通り、フランス軍の侵攻からロシア人民を守るための教会での神への祈りで始まります。祈りの後、曲はだんだんと戦火が近づくような怪しい雰囲気を醸し出していきます。

2.フランス軍の侵攻と増加するロシア人の不安

怪しい雰囲気から、オーボエに始まる不安な場面に変わります。オーボエに続く弦楽器の忙しい動きは侵攻してくるフランス軍とも、祈るために教会に急ぐ苦しむロシア人を表しているとも言われています。

3.ロシア軍の行進

フランス軍と交戦する準備が整ったロシア軍の行進です。いざボロジノへ!
ここではスネアドラムとホルン・オーボエ・クラリネットで表しています。このロシア軍のテーマ、かなり後半でもう一度出てきます!

4.フランス軍とロシア軍の交戦

大音量かつ弦楽器や木管楽器の激しい動きにより、フランス軍とロシア軍の戦闘が表現されています。ヴァイオリンが演奏するテーマはあとで出てくるロシア人民のテーマ(女性?)を崩したものとも考えられ逃げ惑うロシア人民を表しているともいわれます。(2018.11月追記:このヴァイオリンのテーマは、L. v. ベートーヴェン「ウェリントンの勝利」の「戦い(schlacht)」のシーンにおけるヴァイオリンのテーマの借用・変形と考えられます。)

fから始まっているのは両軍の衝突の場面であり、だんだん音量が大きくなるのは戦火が拡大しているのを表しているでしょう。戦闘の激しさが裏打ちやシンコペーションで一層際立たされています!

5.フランス軍優勢!

戦闘のさなか、ホルンによってフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」のフレーズが流れます。
そしてトランペットによって完全なマルセイエーズが演奏されたとき、フランス軍が優勢であることがわかります。まさかのフランス国歌登場です。

この後も戦闘は続きますが、何度もラ・マルセイエーズが出てきてロシア軍やロシア人民は退却を余儀なくされます。

6.ロシア人民のテーマ(女性?)

弦楽器で演奏されるこのテーマは、チャイコフスキー作曲のオペラ「ヴォイヴォダ(Воевода)」の第2幕第8番のマリアとオレーナの女性デュエットから引用されています。
音量は一度大きくなりますがすぐ小さくなりますので
、もしかしたら戦火を逃れモスクワの方へ逃げるロシア人、しかも女性デュエットからの引用なので女性のロシア人民を表わしているのかもしれません。

チャイコフスキー作曲 オペラ「ヴォイヴォダ」第2幕第8番

7.ロシア人民(男性?)/コサック騎兵のテーマ

美しいメロディーに引き続き、ここではロシアの民族舞踊の音楽「門の前で(У ворот, ворот)」 (U Vorot, Vorot / At the Gate, the Gate)が使われています。この曲は男性歌手が歌うことが多いので、「ヴォイヴォダ」の女性デュエットに対比させ、モスクワの方へ逃げているロシア人民男性、あるいは抵抗(敗走)するコサック騎兵を表しているのかもしれません。pの音量で演奏されるので、まだロシアが追い立てられている感があります。

8.戦火再び!フランスの猛攻!

またフランス軍とロシア軍の交戦です。前半ではfで始まっていたのに対し、ここではppから始まりだんだん大きくなります。モスクワの方へ追い立てられたにもかかわらずまた遠くから戦火が近づいてくるのを表しています
ここでも大きめの音で「ラ・マルセイエーズ」の断片がでてきます。フランスが優勢です。
しかし、以前の完璧なマルセイエーズのメロディーではありません

ちなみに、最初に出てきたロシア軍のテーマは一切出てきません。この音型はなかなか有利になれない(あるいは抵抗中の)ロシア軍のテーマのようにも見えます。

9.三回目の戦火!

戦火のテーマがfffで演奏されます。最初から音量が大きいので、モスクワ直近での戦闘かもしれません!

ここでもフランスが優勢で「ラ・マルセイエーズ」が大音量で出てきます。しかし、やはり完全な「ラ・マルセイエーズ」ではなく断片です。断片なのでフランス軍も少し辛くなってきたのかもしれません。むしろ、マルセイエーズと一緒に演奏される下向音型がなんだか戦略的撤退をするロシア軍にも見えてきます。

10.ロシア人民のテーマ(女性?)再び

再度ロシア人民(女性)のテーマが出てきます。ここでは前半と変わってのびのびとした音型(2小節目2拍目が2分音符に変わっている、等)になっています。また、前半は弦楽器だけでしたが、ここでフルートも加わっています。さらに、一度大きくなった音量はほとんど小さくなりません。まるで、フランス軍に対抗する意思や勝利の希望が表れたようです!

11.ロシア人民(男性?)/コサック騎兵のテーマ再び

こちらも前半と変わってmfで始まります。弦楽器で演奏され、前半よりも短く終わります。勝利への前向きな意思にも、身を潜め何か反撃の機会をうかがうようにも見えます。

12.フランス軍の息切れとロシアの抵抗

ホルンが「ラ・マルセイエーズ」でフランス軍を表しますが、先ほどのロシア人民(男性)/コサック騎兵のテーマ(男性)が、形を変えて「ラ・マルセイエーズ」の間に割って入ります。フランスに追い立てられるロシア人民にも見えますが、見方を変えるとモスクワを占拠したフランス軍にゲリラ的に攻撃をしかけているようにも見えます。

ついにホルンの「ラ・マルセイエーズ」の四分音符だったところが八分音符に変わり、フランスが息切れを起こしました!

さらに、「ラ・マルセイエーズ」のワンフレーズすら途切れ途切れです!
ついにフランスの息も絶え絶え!

13.ロシアの反撃!!

「ラ・マルセイエーズ」の伸びきった最後の雄たけびに、砲撃を打ち込むロシア軍!!
ついに反撃
です!!弦楽器の動きがフランス軍に襲い掛かるロシアの冬将軍にも見えます!

14.フランスの退却と敗走

木管楽器と弦楽器にの下降音型と、だんだん遅く重くなっていく表現でフランス軍の撤退と敗走を表しています!ついにフランス軍敗れる!!

15.神への感謝とモスクワの教会の鐘

ここでは一番最初のロシア正教讃美歌「主よ、汝の民を救いなさい」管楽器合奏で歌います。冒頭の神への祈りが、ここでは神への感謝になったのではないでしょうか。まだfffなので、勝利の祝いではないように見えます。
一緒にモスクワの教会の鐘の音も鳴り響き、神へ感謝しているかのようです。
讃美歌の間に挟まれる弦楽器と木管楽器の風のような動きはフランスを撃退した冬将軍(=自然の力≒神の力)でしょうか。

16.帝国軍の凱旋・勝利の祝い

この曲中、最大の音量と全員でロシア軍の行進のテーマを演奏し、ロシア軍の勝利を祝います!!

17.さらに祝砲・ロシア帝国国歌でクライマックス!

ロシア軍のテーマで勝利を祝うなか、低音楽器でロシア帝国国歌「神よツァーリを護りたまえ」を演奏し、ロシア帝国の勝利を祝います。さらにフランス軍を打倒したカノン砲で祝砲も鳴らし、ロシア帝国の大勝利で曲が終わります。

あとがき

以上が曲のストーリーでしたが、いかがでしたか?
市販されているスコアを読んでも「民族音楽を引用して…」とだけ書いてあり何の曲かわからなかったり、「○○小節の音型が~を表している」とだけ書いてあるため楽譜と説明を行き来しなければならず読むのが面倒だったりしたので、このような記事を作ってみました。
1812年が好きな方、詳細な情報がほしい方の助けになれば幸いです。

なお、随時追記修正しますのでご了承ください。

参考サイト

ボロジノの戦い

1812年序曲

オペラ「ヴォイヴォダ(地方長官)」

5 件のコメント

  • 私がはじめてこの曲を聴いたのは、映画「Vフォー・ヴェンデッタ」でした。当時のわたしはこの曲を、完全にこの映画オリジナルのサントラと思い込んでいましたが、後年、「YouTube」なる動画サイトで小澤征爾氏が指揮する同曲を聴いた(観た)とき、体中の毛穴という毛穴が粟立つ感覚に見舞われました。そうです、昔に観たあの映画のあの曲が、大昔の戦火を元にチャイコフスキーなるヘンテコな名前のロシアの作曲家が書いた曲だと知ってしまったのです。それからというもの、私は件の曲が完成されるまでの背景を知りたくてネット上を徘徊するうちに、こちらに辿り着きました。
    色んな意味でたいへん参考になりました。ありがとうございました。

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