こんにちは、H. Châteauです!ブラームス作曲の「大学祝典序曲」はご存知ですか?
大学の入学式で聴いた方や、「大学受験ラジオ講座」を聴いていた年配の方は耳に残っているかもしれません。この序曲はすべてブラームスのオリジナルというわけではなく、複数のドイツの学生歌が引用されています。日本のいろいろなスコアでは引用した学生歌を「学生の酔いどれ歌」と書いていますが、そんな下品な感じの曲なんでしょうか!?果たして真実か否か、調べてみました!!!
1.大学祝典序曲とは
大学祝典序曲は、ドイツの作曲家ヨハネス・ブラームス(1833~1897)がドイツのブレスラウ大学(現ポーランドのヴロツワフ大学)から名誉博士号(Doctor of Philosophy / 学術博士or哲学博士、どちらかは不明)を受けた返礼として作曲した10分程の曲です。大学側は名誉博士号を授与した見返りにブラームスに序曲を作ってもらいたかったようですが、ブラームス本人は当初作曲に乗り気ではなかったようです。しかし友人に説得され、渋々「スッペのような学生の飲み会ソングの騒々しいメドレー」(ブラームス談)を作って送ったのでした。
曲のタイトルは「大学祝典序曲ハ短調 作品80」で、曲の最初は短調で静かなマーチ風に始まりますが、次第に4つの学生歌が挿入されていき学生生活をワクワクさせるようなとても明るい曲になっていきます!
2.引用された学生歌
大学祝典序曲に引用された学生歌は4つ。大学祝典序曲とあわせて原曲を紹介します。
(1)Wir hatten gebauet ein stattliches Haus
日本語では「私たちは堂々とした家を建てた」です。大学祝典序曲では以下の部分。
原曲はこちら。
この学生歌は、1819年頃のドイツ自由主義運動の学生結社連合「ブルシェンシャフト(Burschenschaft)」が強制解体されたとき、イェーナ(ドイツ中央やや東チューリンゲン州の都市)のゲストハウスで発表されました。その後チューリンゲン民謡として、また歌詞を変え祖国の歌「Ich hab mich ergeben」としてドイツ人が受け継いできたようです。
原曲の歌詞の内容はブルシェンシャフトの結成と解体を建物に例えているものでしたので、日本で「僕らは立派な学び舎を建てた」と訳しているのは厳密には違うように思います。しかし、伝統的な祖国の歌としても親しまれていたメロディーを使用しているので、大学祝典序曲の中でこれを聴いた当時の学生のテンションは上がったかもしれません。
この「私たちは堂々とした家を建てた」は学生歌や会合の歌として歌われていたという記述は見当たりませんでしたが、もしかしたら祖国の歌「Ich hab mich ergeben」の方が飲み会等で歌われていたのかもしれませんね。
なお、このメロディーはミクロネシアの国歌にもなっています。
(2)Landesvater
日本語では「祖国の父」と言われますが、そのまま「ランデスファーター」という言い方でもよいと思います。ブラームスはこの歌の一節を大学祝典序曲に使用しています。以下の2箇所です。
原曲は以下の動画ですが、使われているのはそのうちの一節。下の楽譜の赤線の部分です。
ここ(赤線)で歌われている歌詞は「Hört, ich sing das Lied der Lieder」で、英訳だと「Listen, I sing the song of the songs」になります。日本語では「聴け!俺のこの歌を聴け!」みたいな感じでしょうか。ランデスファーター全体としては、祖国に忠義を尽くすみたいな内容です。
Landesvaterとは、本来歌のタイトルではなく、17世紀と18世紀の前半には帽子に剣を突き刺し「学生が女の子に愛を示す」ための学生の習慣で、その後「2人の学生間の友情を示す」という意味合いに変わり、最終的に「コミュニティ全体への忠誠を誓う」ように変わっていきました。
この時代の学生たちは、フリーメーソンのような組織に倣って学生結社を作り、この帽子に剣を突き刺す習慣で皇帝や国に忠誠を誓っていました。その忠誠を誓う際に歌われる歌がこの歌だったようです。
(3)Was kommt dort von der Höh?
日本語では「あの丘からくるものは何?」です。Fuchslied(フックスリート、狐の歌、狐狩りの歌)とも言われます。ファゴットで始まる、なんだかコミカルなパートです。大学祝典序曲では中間部と最後の2箇所。
原曲はこちら。
上の楽譜の歌詞は動画と少し違うのでご注意ください。動画では「丘から何か来るぞ?何だ?キツネの長(Fucksmajor; フックスマイヨール)だ!キツネの長は何を連れてくるんだ?キツネ(Fuchs; フックス)だ!主よ、キツネを捧げます!」(以下、歌詞とストーリーが続く)という内容になっています。
なぜ狐の歌、狐狩りの歌なのか?と調べてみたところ、当時ドイツの学生団体の新人メンバー(準会員)は「Fuchs(キツネ)」と呼ばれていたからです。そして歌の最初に出てくる「Fuchsmajor(キツネの長)」は新人(Fuchs; キツネ)の指導役。そして何故新人がキツネなのかは「大学に入った当初6ヵ月は不安で姿勢や歩行やジェスチャーに表れており、キツネの行動に似ている」からでした。そのために狐の歌が「新入生の歌」とも呼ばれるのです。
このキツネたちは、2学期を経過した頃に開催されるBrandungという酒宴でこの「Fuchslied」を唱和して、晴れて学生団体の正式メンバーになります。新人はこの酒宴でもみくちゃにされ、散々な目に遭うというということです。まさに狐狩りですね。
この酒宴あたりはブラームスの辞書さんの「狐の騎行」の記事が詳しいのでご参照ください。
なお、大学受験ラジオ講座のテーマ曲として使われていたのはこの「狐の歌」でした。大学祝典序曲に使われている部分よりも原曲の「狐の歌」に近いです。
(4)Gaudeamus igitur
原題はラテン語。Gaudeamusは「私達を楽しませよう、喜ばせよう」で、 igiturが「だから」の意味。このため日本語では「だから愉快にやろうじゃないか」と訳されています。「諸君、大いに楽しもうではないか」という訳もあります。タイトルなので片仮名で「ガウデアムス・イギトゥル」でもいいと思います。大祝では最後の部分。
原曲はこちら。
このガウデアムスは、1287年頃に書かれたラテン語の歌詞が起源と考えられています。この曲はドイツ独自の歌というわけではなく、ヨーロッパ諸国で人気のある曲で、いろいろな大学の卒業式でも歌われているようです。
歌の内容は「若いうちに楽しもう!青春が過ぎて老後も過ぎたら死が待ってる」とか「人生は短く、死は平等に訪れる」とか人生観的な部分もありながら、「学校、先生、学生に繫栄あれ」とか「学校の繁栄が学生を育み国が栄える」とか「学生よ旅立ち、また集え」みたな本当にアカデミーな部分もあります。詳しくはWikiediaの日本語訳が良いと思います。歌詞の内容から考えると確かに卒業式で歌うのに適しています。
ラテン語というヨーロッパ言語の祖となる歌詞の歌であり、特定の国や文化や歴史を歌ったものではなく学校と人生観を歌っているものなので、普遍的な人気があるのでしょう。大学祝典序曲の大取に相応しく、ブラームスがこの曲をクライマックスに用いたのも納得です。
3.あとがき
いかがでしたでしょうか。原曲を紐解いてみると、スコア書かれるような単純な「学生の酔いどれ歌」とはちょっと意味合いが違うものでした。社会風刺があり、国への忠誠があり、一方で入学生を歓迎するひどい酒宴で歌う歌もあり、ヨーロッパ各地で愛される卒業の歌もあり…コミュニティが一丸となってテンションを上げるときに歌った歌というイメージでしょう。飲み会でも歌われるが当時の学生生活の様々なシーンで歌われてきた歌のメドレーと考えたほうが良いかもしれません。
ブラームスの辞書さんの記事によるとブラームスも学生結社(学士会)の名誉会員だったらしいので、その会の宴会の際にみんなでこれらの歌を歌っていた、つまり、ブラームス自身がこれらの歌は宴会で歌われるものと認識していた可能性もあります。しかし、その割には学生結社解体の歌・愛国の歌になる「私達は堂々とした家を建てた」をコラール風に作っていたり、新入生歓迎・酒宴ソング「狐の歌」をコミカルに作っていたり、卒業ソング「ガウデアムス」を全体合奏で迫力満点で作っていたりと原曲の雰囲気を尊重している風にも見られるので、どんなときに歌われる歌だったのか認識していた可能性も十分にあります。ブラームスがひねくれ屋さんだったせいでこの曲の意図が巧妙に隠されている気もしますが、かなり丁寧に作っているところを考えると学生結社の雰囲気やこれらの学生歌がすごく愛していて、でもそれを公言するのも気恥ずかしくひねくれて隠したかったのかもしれませんね。
日本の一部の大学でも入学式や卒業式で奏楽として演奏されますが、「狐の歌」が入学生の歓迎を表し「ガウデアムス」が卒業を表すと見なせば、入学式と卒業式で演奏するのは理に適っていますね。
4.参考サイト
ブラームス
Wikipedia(日本語) / ヨハネス・ブラームス
Wikipedia(ドイツ語) / Johannes Brahms
ブラームスの辞書 ※ブラームスとドイツに非常に詳しい。学生歌もあり。
大学祝典序曲
Wikipedia(日本語) / 大学祝典序曲
Wikipedia(英語) / Academic Festival Overture
Wikipedia(ドイツ語) / Akademische Festouvertüre (Brahms)
IMSLP / Academic Festival Overture, Op.80 (Brahms, Johannes)
Wir hatten gebauet ein stattliches Haus
Wikipedia(ドイツ語) / Wir hatten gebauet ein stattliches Haus
Wikipedia(ドイツ語) / Ich hab mich ergeben
Wikipedia(日本語) / ブルシェンシャフト
Landesvater
Wikipedia(ドイツ語) / Landesvater_(Brauch)
Wikipedia(英語) / Landesvater
Landesvater
IMSLP / Alles schweige!
Was kommt dort von der Höh?
Wikipedia(ドイツ語) / Fuchs(Studentenverbindung)
Cazoo / Was kommt dort von der Höh?
Markomannenwiki / Was kommt dort von der Höh’
IMSLP / Fuchsenritt
ブラームスの辞書 / 狐の騎行
ブラームスの辞書 / 学士会用語辞典
Gaudeamus igitur
Wikipedia(日本語) / ガウデアムス (学生歌)
Wikipedia(英語) / Gaudeamus igitur
Wikipedia(ドイツ語) / Gaudeamus igitur
IMSLP / Gaudeamus igitur
ブレスラウ大学
Wikipedia(日本語) / ヴロツワフ大学
Wikipedia(英語)/ University of Wrocław
Wikipedia(ドイツ語)/ Universität Breslau
学生歌
Wikipedia(ドイツ語) / Studentenlied
Doctor of Philosophy
Interlude / johannes brahms doctor philosophy hon causa
Wikipedia(日本語) / Doctor of Philosophy
Drinking song
Wikipedia(英語) / Drinking song
Wikipedia(ドイツ語) / Trinklied
見事な解説ありがとうございました。
クラシックに抵抗がない友人を、沼にいざなう際に使わせていただいております。
動画でリンク切れのものがありますので、直して頂けましたら幸いです。
匿名様
動画のリンク切れのご報告をいただき、誠にありがとうございます。
切れていたLandesvaterの動画リンクを修正いたしました。
是非ご友人を沼の淵までご案内ください。
[…] […]