※画像はBing Image Creatorにより出力
こんにちは、H.Châteauです。
先日フルートアンサンブルでフランスの作曲家シャルル・グノーのオペラ「ファウスト」のバレエ音楽をやりました。オペラ「ファウスト」のバレエ音楽は7曲あるのですが、浄書・編集・編曲の際、7曲の正確なタイトルがわからないということがありました。
もう少し具体的にいえば、CDや配信・ネットの情報・オンラインの楽譜・市販されている楽譜など様々な媒体でバレエ音楽の各曲タイトルが異なっているという状況があり、どれが本当のタイトルかわかりませんでした。
そのため、今回はグノーのオペラ「ファウスト」のバレエ音楽のタイトルについて調べることにしました。
1.グノーのオペラ「ファウスト」とバレエ音楽
(1)グノーのオペラ「ファウスト」の経緯
フランスの作曲家シャルル・グノー(1818年生まれ、オッフェンバックやスッペの1年上)は、ドイツの文豪ゲーテの「ファウスト」を題材に34歳頃(1852年頃)から作曲しはじめ、2人の台本作家の協力も得て、40歳頃(1858年秋から1859年初め)に5幕からなる長大なオペラ「ファウスト」を完成させました。
1859年3月19日にこのオペラをパリのリリック劇場(Théâtre-Lyrique ,Wikipedia Fr)で初演し、その後度々改作していきます。このときはまだセリフに音楽がつかないオペラ・コミックの形式でした。
1860年4月のフランスのストラスブール初演で、セリフをレチタティーヴォに変更しました。ただし、1861年2月25日のブリュッセル(ベルギー王国)初演ではグノーの立会いのもと、もともとのセリフ版で上演しました。
1863年6月11日のロンドン上演では第2幕にアリアを挿入しました。ロンドンではそれ以降1911年まで毎年上演されたといわれています。
1869年3月3日のパリのオペラ座(L’opéra Le Peletier)での上演にあたっては、第5幕のはじめの方に7曲のバレエを追加して上演することになりました(以上Wikipedia Ja, Wikipedia Fr参照)。
これがグランド・オペラの「ファウスト」となり、通して3時間超となります。
現在グノーのファウストのバレエ音楽として知られているのはこのとき追加された7曲になります。
ちなみに現在のパリのオペラ座ガルニエ宮はこの時点ではまだ完成していないので、パリのオペラ座とはその前のル・ペルティエでした。
フランスの画家エドガー・ドガの「ル・ペルティエ街のオペラ座の稽古場」とはまさにこのオペラ座のことです。ついでに有名なドガの「オペラ座のオーケストラ」も描かれたのが1870年頃のため、オペラ座とはル・ペルティエのことを指していると考えられます。
しかし、グランド・オペラは長さや規模の大きさ、そしておそらくバレエの振り付けやダンサーの用意などにお金がかかったことでしょう、やがて廃れていきグノーのファウストもバレエ抜きで上演されることが一般的になりました。もともとバレエがなかったので原点回帰したとも言えますが…。
とはいえ、現在出版されているCDやDVDではバレエ付きのものもありますし、比較的近年のオペラ公演でもバレエ付きのものがありましたので、全く行われないわけでもありません。
(以上、参考Wikipedia Ja, Wikipedia Fr)
(2)そもそもなぜオペラにバレエ音楽?
そもそもなんでオペラにバレエ音楽?と思うかもしれませんが、17世紀フランス王国の国王付き作曲家リュリの頃からオペラと舞踊は不可分なもので、例えば1660年のオペラ「セルセ」、1662年の「恋するヘラクレス」でもバレエが付随していました(Wikipedia Ja:リュリ)。
18世紀のウィーンではグルック(Wikipedia Ja:グルック)がオペラ改革を行い、歌手よりも作品に重きを置くようにしました。その際にオペラ改革の一環としてオペラとバレエを分けましたが、その後1773年頃にグルックが招聘されたパリでは新しい様式のグルック派と伝統的な様式のピッチンニ派に分かれ論争となりました。
一方、ドイツではモーツァルトは舞曲好きであり、1780~1781年頃にバイエルン選帝侯からの依頼で作曲した音楽劇「イドメネオ」にはフランス宮廷に倣ってバレエが取り入れられていました(Mozart con grazia)。モーツァルトのウィーン定住は1781年3月からになりますので「イドメネオ」作曲時点ではまだウィーンにはいません。
このように、同じ時期でも新しい様式を求めたり伝統的な様式を求めるなどいろいろなタイプの作曲家がいたことがわかります。
ナポレオン帝政下のフランスでは、イタリア出身の作曲家スポンティーニが1807年にパリ・オペラ座で初演したオペラ「ヴェスタの巫女」や1809年に初演した「フェルナンド・コルテス(Wikipedia Ja)」で、見事な舞台装置や荘厳なオーケストラや端正な作品運びの他にバレエも取り入れられました。ここで、特に大規模で叙事詩的・歴史的な題材を演じるグランド・オペラ(グラントペラ)にはバレエが不可分のものとなり伝統化していきます。
ナポレオンはオペラをプロパガンダとして用いようとしましたが、むしろ大規模なフランス・オペラ芸術の伝統として確立され、ナポレオン失脚後も1830年代以降にマイアベーアも取り入れていき、やがてはオペラ座の支配人が「ウケなかったオペラ」にバレエを加えていくことも行われました(以上参考、クレール・パオラッチ/西久美子訳「ダンスと音楽 躍動のヨーロッパ音楽文化誌」2017, アルテスパブリッシング, p.211~216参照)。
フランスに限らずオペラは19世紀半ばから20世紀頭にかけて黄金時代となります。この時期の有名な作曲家はフランスではマイアベーア、オッフェンバック、ビゼー、ドイツではワーグナー、オーストリアではウィンナ・オペレッタとしてヨハン・シュトラウス2世、イタリアでやヴェルディなどです(Wikipedia Ja)。グランド・オペラとしてはマイアベーア「ユグノー教徒」、ワーグナー「リエンツィ」、ヴェルディ「オテロ」などがありました(Wikipedia Ja)。
その後、グランド・オペラを始めとする大掛かりなオペラは、バレエを入れるにはバレエダンサーや振付師を必要とし舞台装置にもお金がかかり大規模過ぎることと、社会の不安定(例えばフランスでは1870年普仏戦争により第二帝政が終わり、ドイツでは逆にプロイセンがドイツ統一を果たしてドイツ帝国となり、三国同盟や三国協商が締結され、1914年にはバルカン半島の紛争を背景に同盟国同士が参戦して第一次世界大戦へ)なども相まって、グランド・オペラは衰退していきます。
グノーのオペラ「ファウスト」も1869年のパリ上演に向けてグランド・オペラ化しバレエが追加されましたが、先述のとおり現代ではほとんどの場合バレエシーンが省略されて上演されています。
しかし、オペラや劇にバレエをはじめとする「踊り」を入れる文化はその後も国や時代を超えて、例えばボロディンのオペラ「イーゴリ公」第2幕にだったん人の踊りがあるように、アメリカのバーンスタインのミュージカル「ウェストサイドストーリー」に第1幕にダンスパーティがある(Wikipedia Ja)ように、現代のミュージカルまでも続いているように思います。
ロマン派オペラ自体もリヒャルト・シュトラウスやプッチーニを境にやがて廃れてしまいましたが、音楽と演劇の協調は映画やテレビに引き継がれていき(Wikipedia Ja)、踊りは歌唱の方に結びつくようになったと思います。
(3)グノーのオペラ「ファウスト」のあらすじ
グノーのオペラ「ファウスト」は、ゲーテの「ファウスト第一部」を元に、グノーがジュール・バルビエとミシェル・カレとともに台本を制作し、オペラ化しました。詳細なあらすじはWikipediaあたりをご覧ください(Wikipedia Ja)。以下に書くあらすじもWikipediaに準拠しています。
第1幕~第4幕の間には、年老いた博士の主人公ファウストが悪魔メフィストフェレスに魂と引き換えに若くしてもらったあと、愛した女性マルガレーテと関係を持ちます。マルガレーテの兄は憤慨しファウストに決闘を挑みますが、メフィストフェレスの力を借りたファウストが勝利します。
そして、第5幕でメフィストフェレスに気晴らしとしてドイツのブロッケン山山頂で行われる魔女や悪魔や怪物たちの饗宴「ヴァルプルギスの夜」に連れられてこられる場面になります。ここでバレエが踊られます。
バレエのあとにマルガレーテの幻影を見て、マルガレーテは関係を持ったファウストの子を殺した罪で投獄されており処刑されてしまいますが、魂は神によって救われます。
グノー版はここで終わりで、ゲーテ原作は第二部が続きます。
ところで、登山中などに見られ自分の影の周りに円環の虹がかかる「ブロッケン現象」があると思いますが、このブロッケンはまさにヴァルプルギスが開催されるブロッケン山でよく見られることに由来しています。ヨーロッパではブロッケン現象を「ブロッケンの妖怪」と言ったりもします(Wikipedia Ja)。面白いですね。
ちなみにブロッケン山山頂には1736年にヴォルケン(雲)ハウスという避難所のような建物が建てられ(Wikipedia De)、1777年頃にはゲーテが登山しています。1800年頃にはブロッケンハウス(ブロッケンホテル)が建てられており(Wikipedia De)、魑魅魍魎がいるイメージほどの未知の場所ではないようです。ゲーテ登山時はホテルはなかったと思いますので、その頃の何もない頂上で魔女や魑魅魍魎が饗宴を開催しているイメージでしょうか。
(4)バレエ音楽の正式なタイトルはなさそう
先に述べたとおり、バレエは第5幕のヴァルプルギスの夜のシーンで踊られます。
バレエはオペラ中で7曲続けて演奏して踊られます(Wikipedia Ja)。このためか、実は各曲にはグノーが付けた正式なタイトルはないようです。そのこともあってか、多数の日本語訳タイトルがあり混乱しているという実態があります。
2.様々なバレエ音楽のタイトル
まずは、どれくらいタイトル揺れがあるのか調べてまとめてみました。
(1)Wikipedia日本語版の記載
Wikipedia日本語版には以下の7曲として記載されています(Wikipedia Ja, 2024年11月時点)。
第1曲 ヌビアの踊り
第2曲 クレオパトラと黄金の杯
第3曲 ヌビア奴隷の踊り
第4曲 クレオパトラとその奴隷たちの踊り
第5曲 トロイの娘の踊り
第6曲 鏡の踊り
第7曲 フリネの踊り
根拠については記載されていません。加えて、他言語のWikipediaにはタイトルの掲載はありません(Wikipedia De, En, Fr)。
Wikipediaとはいえ、いくらなんでも全く根拠のない憶測を書くとも思えませんので少し調べてみたところ、Wikipedia日本語版の由来はもしかしたらCDに掲載されていたタイトルかもしれません。
この表記として発見したものは、1988年のDeutsche Grammophon GmbHによる小澤征爾指揮ボストン交響楽団のCDがこのような表記になっていました。Wikipediaはこれに基づくのかもしれません。
他にも2003年Octavia RecordsのGerd Albrecht指揮読売日本交響楽団のCDは以下のようにほぼ同じものでした。
第1曲 ヌビア人の踊り
第2曲 (不明)
第3曲 ヌビア奴隷の踊り
第4曲 クレオパトラと奴隷達の踊り
第5曲 トロイの娘達の踊り
第6曲 鏡の踊り
第7曲 フリネの踊り
日本のCDではこういった表記が多いのかもしれません。
2007年のユニバーサル・ミュージック・クラシックのCD(ショルティ指揮、コヴェント・ガーデン・ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団)『グノー:「ファウスト」バレエ音楽/オッフェンバック(ロザンタール編):バレエ音楽「パリの喜び」』もWikipediaほぼそのとおりのタイトルで掲載されています(UNIVERSAL MUSIC JAPAN)。1988年小澤征爾指揮ボストン交響楽団のCDの継承でしょうか。
ただ、これらのタイトルで不可解なのは、ヌビア人(奴隷)の踊りが2回あり、クレオパトラの踊りも2回あるのが気になります。また、6曲目の「鏡の踊り」の意味もわかりません。1曲目は明らかにワルツなのに「ヌビアの踊り」になっているのもわかりません。
(2)IMSLPの記載
IMSLPには、第5幕のバレエ音楽としてロンドンの音楽出版社チャペル(London: Chappell)のスコアが掲載されています(IMSLP)。
いつ出版されたものかは不明ですが、プレート番号から推察するに1920年あたりのものかと思われます。
当該プレート番号は「Plate 21401」となっており、 Clarence Lucas編曲によるピアノ版のプレートが「Plate 21664」で1920年頃と推察されているため、近い番号であることからスコアも概ね1920年あたりと推測できます。
その楽譜には以下のようなタイトルで掲載されています。
第1曲 Les Nubiennes(Dance of the Nubian Slaves)
第2曲 Adagio(Slow Dance)
第3曲 Danse Antique(Ancient Dance)
第4曲 Variations de Cleopatre(Cleopatra’s Variations)
第5曲 Les Troyens(Dance of the Trojan Women)
第6曲 Variations du Miroir(Mirror Variations)
第7曲 Danse de Phryne(Phryne’s Dance)
日本語訳するとだいたい以下のとおりになります。
第1曲 ヌビアの女たち(ヌビア奴隷の踊り)
第2曲 アダージョ
第3曲 古代の踊り
第4曲 クレオパトラのヴァリエーション
第5曲 トロイの女たち(トロイの女性の踊り)
第6曲 鏡のヴァリエーション
第7曲 フリネの踊り
先ほどよりも「アダージョ」「ヴァリエーション(ヴァリアシオン)」などバレエ用語でも使われる言葉が出てきています。
1曲目が「ヌビア」なのも、6曲目が「鏡のヴァリエーション」はまだ謎です。逆に言えば、先のWikipedia日本語表記はこのあたりに由来しているとも言えます。
この表記は英米あたりで広く使われているように感じます。ナクソスでは1999年のデイヴィット・パリー指揮フィルハーモニア管弦楽団のCDをこの英語表記で掲載しています(NAXOS MUSIC LIBRARY)。
その他、Apple Classicsで聴くことができるものの大半がこの表記でした。一部のCDでは第2曲 Adagioの部分がEnsemble: Adagioとなっているものもありました(2020年Blue Moonのアレクサンドラ・ギブソン指揮コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団のCDなど)。
注意したいのは、この表記はグノーが初演・再演したパリでの出版ではなくロンドンの出版物に基づいていることです。
このことから、1869年にグノーがバレエを追加し、1863年から毎年ファウストを上演していたロンドンに持ち込まれます。1911年以降には毎年の上演が無くなります。その後、第1次世界大戦を経た後の1920年頃の出版物であると推定されることから、各曲タイトルはバレエの演出が盛り込まれたものであるか、そもそもバレエだけの上演のために出版された可能性も推測できます。
例えば「鏡」は2人が鏡のようにシンメトリーになって踊ることを想定したのかもしれません(ヴァリエーションは通常1人で踊るため)。
ただ、一方でタイトルがフランス語でも書いてあることから、グノーや台本作家や1869年頃の振付師が意図したものであった可能性も完全には否定できません。
(3)CDの記載(タイトルなし)
一部のCDではタイトルではなく全て速度表示で記載されているものがあります。例えば1994年のTeldec Classics Internationalによるカルロ・リッツィ指揮ウェールズ・ナショナル・オペラ管弦楽団や2012年のWyastone Estate Limitedのヨンダニ・ブット指揮ロンドン交響楽団によるものです。
タイトルとしてはIMSLPのものを用い、括弧書きで以下の表記をしているところもあります。
第1曲 Allegretto (mouvement de valse または Tempo di Valse)
第2曲 Adagio
第3曲 Allegretto
第4曲 Moderato maestoso
第5曲 Moderato con moto
第6曲 Allegretto
第7曲 Allegro vivo
これこそ、各曲の正式なタイトルがないからこその表記なのかもしれません。
(4)軍楽隊編曲版の記載
1918年頃にイギリスの指揮者ダン・ゴドフリー(Wikipedia Ja)が「ファウスト」のバレエ音楽を軍楽隊用に編曲し、Chappell から出版しています。
IMSLPのスコアと軍楽隊編曲のどちらが先に出版されたかはわかりません。
そのときのタイトルは以下のとおりでした(Wind Repertory Project)。
1. Valse for the Corps de Ballet
2. Helen and Her Trojan Maidens
3. Cleopatra and Her Nubian Slaves
4. Dance of Cleopatra
5. Entry of the Trojan Maidens
6. Dance of Helen
7. Bacchanale and Entry of Phryne
日本語に訳しますと
第1曲 バレエ団のためのワルツ
第2曲 ヘレネーとトロイの乙女たち
第3曲 クレオパトラとヌビアの奴隷たち
第4曲 クレオパトラの踊り
第5曲 トロイの乙女たちの登場
第6曲 ヘレネーの踊り
第7曲 バッカナールとフリネの登場
となります。
第1曲がヌビアの踊りではないこと、第2曲がクレオパトラでもアダージョでもないこと、第7曲の早い部分がバッカナールとされていることなどから、曲調とタイトルの整合性という意味では信憑性が高いように思います。
ただ、第2曲にヘレネーとトロイの娘が2回出てきて、さらに第5曲と第6曲で再登場するのも少し違和感があります。ただし、第6曲が「鏡」ではないので意味不明感が和らいでいると思います。
(5)オイレンブルクのスコア(全音出版)
2005年に出版されているオイレンブルクのスコア(全音出版による日本語版)では、以下のタイトルとなっています(全音オンラインショップ)。
1. ダンス・プレリュード ヴァルス・モデレ
2. エレーヌとトロイ娘たち:クレオパトラとヌビア娘たち
3. 若いヌビア娘たちの入場
4. クレオパトラのヴァリアシオン
5. 若いトロイ娘たちの入場
6. エレーヌのヴァリアシオン
7. フィナーレ~フリネの入場
なお、2009年に日本楽譜出版社から出版されているタイトルもほぼ同じのようです(日本楽譜出版社)。
第1曲がヌビアの踊りではないこと、第7曲にフィナーレとついていることなどから、比較的まとまっているように感じますが「入場」となっているのは不思議です。第2曲にそれぞれ出ているのに、それぞれ再度入場してくるのか?あたりは気になります。
(6)比較と推測
速度表示を除いて4つを比較すると以下のようになります。
Wikipedia(日)・CD | IMSLP(チャペルスコア) | ゴドフリー軍楽隊編曲 | オイレンブルクスコア | |
第1曲 | ヌビアの踊り | ヌビアの女たち(ヌビア奴隷の踊り) | バレエ団のためのワルツ | ダンス・プレリュード ヴァルス・モデレ |
第2曲 | クレオパトラと黄金の杯 | アダージョ | ヘレーネとトロイの乙女たち | エレーヌとトロイ娘たち:クレオパトラとヌビア娘たち |
第3曲 | ヌビア奴隷の踊り | 古代の踊り | クレオパトラとヌビアの奴隷たち | 若いヌビア娘たちの入場 |
第4曲 | クレオパトラとその奴隷たちの踊り | クレオパトラのヴァリエーション | クレオパトラの踊り | クレオパトラのヴァリアシオン |
第5曲 | トロイの娘の踊り | トロイの女たち(トロイの女性の踊り) | トロイの乙女たちの登場 | 若いトロイ娘たちの入場 |
第6曲 | 鏡の踊り | 鏡のヴァリエーション | ヘレーネの踊り | エレーヌのヴァリアシオン |
第7曲 | フリネの踊り | フリネの踊り | バッカナールとフリネの登場 | フィナーレ~フリネの入場 |
以上を見るに、
第1曲 ヌビアの踊りかバレエ団のプレリュードとしてのワルツか
第2曲 ヘレーネ(ヘレネー)とトロイの娘か、そこにクレオパトラが入るのか否か
第3曲 ヌビアの娘またはヌビア奴隷の踊りの可能性が高い
第4曲 クレオパトラの踊り、ヴァリエーションである可能性が高い
第5曲 トロイ娘の踊り
第6曲 鏡の意味が不明、ヘレネーの可能性がある
第7曲 フリネ(フリュネ)の踊りのであり、速い部分はバッカナールか
と推測することができます。
それではさらにグノーのファウスト第5部のオペラ流れとともに正しそうなタイトルを探りたいと思います。
3.オペラ実演に近いタイトルとは?
オペラにおいてほとんど現在バレエが踊られていないため、その情報は当時のリブレットかオペラ台本を探すことになります。
(1)当時のリブレット
Internet Archiveでは、当時のリブレットを探すことができました。Publication dataがおかしいものありましたが、おそらく1869年のもの(Internet Archive)と1871年のもの(Internet Archive)があり、ついでにヨーロッパのリブレットサイト(operalib)にもバレエが出てくる第5幕について書かれていました。それは以下のとおりです。
第5幕第2場
山が開け、金色に輝く広大な宮殿が現れる。
その中央には豪華な食卓があり、古代の王妃や遊女たちがその周りを取り囲んでいる。
(La montagne s’entr’ouvre, et laisse voir un vaste palais resplendissant d’or, au milieu duquel se dresse une table richement servie et entourée des reines et des courtisanes de l’antiquité.)
メフィストフェレス「朝の最初の光が来るまで、俗人の目から隠れるように、女王と遊女の宴の場を提供しよう!…」
(Jusqu’aux premiers feux du matin, A l’abri des regards profanes, Je t’offre une place au festin Des reines et des courtisanes !…)
合唱「古の神々の名において杯を満たそう!…歓喜の和音を響かせよう!」
(Au nom des anciens dieux Que les coupes s’emplissent !…Que les airs retentissent De nos accords joyeux !)
メフィストフェレス「ギリシャのヘタイラ(娼婦)、アジアの娘たち、フリュネ、ライス、アスパシア、優しい瞳のクレオパトラ、魅力的な顔のヘレネー、今この瞬間、宴の席に着こう…。」
(Hétaïres de Grèce ou filles de l’Asie, Phryné, Laïs, Aspasie, Cléopâtre aux doux yeux, Hélène au front charmant, Laissez-nous au banquet prendre place un moment…)
合唱「古の神々の名において杯を満たそう!…歓喜の和音を響かせよう!」
(Que les coupes s’emplissent au nom des anciens dieux ! Que les airs retentissent de nos accords joyeux !)
メフィストフェレスはファウストに杯を差し出す。
(Méphistophélès, offrant une coupe á Faust.)
メフィストフェレス「傷ついた心の熱をいやすために、この杯を手に取り、その唇から過去の忘却を引き出すのだ!」
(Pour guérir la fièvre De ton coeur blessé, Prends cette coupe et que ta lèvre Y puise l’oubli du passé !…)
ファウスト「虚しい後悔、馬鹿馬鹿しい恋!心が忘れるときが来た!澱まで飲み干す!」
(Vains remords, – risible folie ! I est temps que mon coeur oublie ! Donne et buvons jusqu’a la lie !)
ファウストは杯を手に取り、唇に当てた。
(Il saisit une coupe et la porte à ses lèvres.)
ファウストの歌「甘い蜜よ、その酩酊で私の心を満たしておくれ!炎の口づけよ、日が暮れるまで私の青白い額を愛でておくれ!魅惑の杯で、私は永遠に忘却を飲もう!」
(Doux nectar, en ton ivresse Tiens mon cour enseveli ! Qu’un baiser de feu caresse Jusqu’au jour mon front pâli ! Dans la coupe enchanteresse Pour jamais je bois l’oubli !)
ファウストの歌「官能、その魅力は欲望を呼び覚ます!おまえを捕らえる不安から私を遠ざけてくれ、そして喜びと快楽の中で我らの泣くような愛を溺れさせよう!」
(Voluptè, devant tes charmes Se réveille le désir ! Laisse-nous loin des alarmes Au passage te saisir, Et noyons l’amour en larmes Dans la joie et le plaisir !)
バレエ
アスパシア、ライス、フリュネと遊女たち、クレオパトラとヌビアの奴隷たち、ヘレネーとトロイの娘たちが順番にやってきて、ファウストを誘惑して酔わせる。魅了されたファウストは、彼女たちに杯を手渡す。劇場は鮮やかな色合いに染まる。突然、マルガレーテの幻影が一筋の光の中に現れる。(Aspasie, Laïs et Phryné avec la courtisanes, Cléopâtre avec les esclaves nubiennes, Hélène avec les filles de Troie, viennent tour à tour enivrer Faust de leurs séductions. Faust subjugué leur tend sa coupe. Une teinte livide se répand sur le thèâtre. Tout à coup le fantôme de Marguerite apparaît dans un rayon lumineux.)
以上が流れとなっています。
この「黄金に光り輝く宮殿」はおそらくメフィストフェレスが出現させたものですが、古代との関係でいえば、ローマ皇帝ネロが建設したドムス・アウレア=黄金宮殿(Wikipedia Ja)をイメージした可能性も考えられます。黄金宮殿の名の由来は金箔が貼られていたことでした(Wikipedia En)。この宮殿は15~16世紀には既に発掘されており、当時の古代の宮殿といえば、のイメージだったのかもしれません。
また、このブロッケン山山頂ヴァルプルギスの夜のシーンはゲーテの原作「ファウスト」とは少し異なっています。
原作ではブロッケン山頂で魔女や魔法使いに加え、悪魔マモン、ギリシャ神話の女性バウボ、アダムの最初の妻リリス、シェイクスピアの「夏の世の夢」のオベロン・ティターニア・パックや「テンペスト」のアリエルも出てきて宴を開いています(英語版FAUST-PROJECT GUTENBERG)が、オペラリブレットではそのあたりは省略されているように思いますし、原作には古代の女性たちは登場しないのです。
ただし、ゲーテ原作の第二部ではなんと第二幕で「古代ヴァルプルギスの夜」というシーンがあり、そこで古代の女性や人々が登場する(Wikipedia Ja)ため、もしかしたらグノーは第一部のヴァルプルギスの夜に第二部の古代ヴァルプルギスの夜をスライドして当てはめたのかもしれません。
事実、原作第二部ではファウストはヘレネーと結婚することになります。
(2)1869年の当時のオペラ台本(バレエ音楽の内容)
なんと日本の「オペラ御殿」というウェブサイトに、グノー「ファウスト」の対訳付き音楽設計図が掲載されていました(オペラ御殿: ファウスト)。
これは、オペラ楽曲と速度表示や拍子、台本(おそらくト書き)、そしてウェブサイト作者さんによる説明も記載されているものです。
許可のない引用・転載は一切お断りと書かれておりますので、まるまるの転載にならない範囲で第5幕の流れを説明いたします。詳細はぜひウェブサイトをご覧ください(オペラ御殿: ファウスト第5幕)。
オペラとバレエの流れとしては以下のようだったことがわかります。上述のリブレットや私の補足も踏まえてご説明します。
第5幕第2場 ヴァルプルギスの夜
まず、リブレットのとおり金色に輝く広大な宮殿が現れ、その中央には豪華な食卓があり、古代の王妃や遊女たちがその周りを取り囲んでいます。
メフィストフェレスが口上を述べ、美女・遊女たちも呼応します。メフィストフェレスが杯を取るように促し、ファウストも呼応して歌い、バレエとなります。
(ディヴェルティスマン)
ディヴェルティスマンはバレエ用語で「余興」の意味とされています。
バレエにおいては結婚式やパーティーの場面で踊られる踊りを指すとされ、例えば【「くるみ割り人形」第2幕でフランスや中国などの様々な人形たちが踊る場面、また「白鳥の湖」の舞踊会のシーンでスペインやハンガリーなど各国の踊りが披露されるように、物語の一部でありながら、話の筋に直接関係のない小品、あるいは小品集】(引用:ミハイロフスキー劇場バレエ)とされています。
ディヴェルティスマンは様々な地域の踊りやキャラクター性を持った踊りの作品集であり、一曲ごとに性格が異なるともいえるでしょう。
第1曲 ムーヴマン・デ・ヴァルス・モデレ
ムーヴマンはバレエ用語なら「動き」を表します。「穏やかなワルツの動作」ですね。
プレリュードとして、特に誰かがメインではありません(正確にはト書きの記載がありません)。
(遊女たちの合唱)
ワルツの後、紀元前5世紀の古代ギリシャの女性アスパシア(Wikipedia Fr)と、同じく紀元前5世紀の古代ギリシャの女性ライス(Wikipedia Fr)を先頭に古代の美女・遊女が合唱し、ファウストとメフィストフェレスを饗宴に誘います。この二人はリブレットでも登場していましたね。この合唱は7曲のバレエ音楽に含まれていません。
(メフィストフェレスと遊女たちの合唱)
メフィストフェレスと古代の美女・遊女たちが「真夜中だ!準備はできた!お祭り騒ぎだ!」と歌います。こちらも7曲のバレエ音楽に含まれていません。本来はバレエ音楽の第1曲と第2曲の間に2つ合唱が入っていました。
第2曲 クレオパトラとヌビア人の女性たち、ヘレネーと若いトロイの女たち
彼女たちがファウストを取り囲み誘惑を開始します。クレオパトラとヌビア人女性、ヘレネーとトロイの女性がセットです。これがセットなのはリブレットでも書いてありました。ちなみに、リブレットによればヌビア人の女性は奴隷です。
第3曲 若いヌビア人の女性(奴隷)たちによるアントレ
「アントレ」とはバレエの入場や導入部分のことで、アントレのあとにアダージオやヴァリアシオンが来ます。
つまり、若いヌビア人女性たちのあとにメインの踊りがくるわけです。セットであることからクレオパトラが次に来ると考えられます。
ヌビアとは南エジプト・北スーダンあたりの地域を指し、肌色は茶色~黒に近く、古代にはクシュ王国を築いていました。クシュ王国にはアマニレナスなどの女王がいた時代もあり、エジプトの支配権を巡って古代ローマと戦うなどをしていたため、そういった古代の強く美しい黒人系女性を指している可能性があります。なお、その後クシュ王国は衰退し、ヌビアはエジプトやヨーロッパの奴隷の供給地となってしまいました。
おそらくクレオパトラの頃もヌビア人が奴隷として徴用され、クレオパトラのお付きになっていたでしょう。史実はわかりませんが、グノーや台本作家もそういうイメージで書いていると考えられます。
19世紀の彫刻家アントニオ・ロセッティ(作曲家のロセッティとは別人, Wikipedia En)の1850年以降の彫刻作品の1つに「ヌビア人奴隷」という女性をかたどったものがありますが、非常に美しく見えます(Art UK)。
個人的には1820年頃に発見されたネブアメンの墓の壁画(Wikipedia Ja)に書かれた黒人風の踊り子のようなのがイメージに近いのではないかなと思います。ただし、ネブアメンの墓は紀元前13~16世紀ごろで、クレオパトラは紀元前1世紀でありその間1,000年以上の差があります。古代エジプトも期間が広いですので、19世紀の当時のフランスの人々がどのようなイメージを持っていたかまではわかりません。
第4曲 クレオパトラのヴァリアシオン
ヌビア人女性(奴隷)のアントレが前座で、メインはクレオパトラでした。
クレオパトラは紀元前1世紀の古代エジプトの実在の女王でした。白人のイメージがありますが、先祖はギリシャ系なのでアラブ系・ヌビアなどの黒人系ではありませんので間違っていません。エジプトにも複雑な歴史があります。
クレオパトラは古代ローマの執政官カエサルともロマンスがあったといわれ、絶世の美女として有名です。加えて、その声は甘く楽器のようで、多数の言語を操り、エジプトの豊穣神イシスと同一視されることもありました(Wikipedia Ja)。
第5曲 若いトロイの女性たちによるアントレ
続いて、トロイ人女性の前座があります。
「トロイ」とはギリシャ神話の「トロイの木馬」で知られていますが、神話上のギリシャとトロイの戦争である「トロイア戦争(Wikipedia Ja)」で、木馬でギリシャに攻め込まれた側の都市です。この神話上の「トロイア戦争」は、地上でもっとも美しい絶世の美女とされたギリシャのヘレネーがトロイの王子に魅了されてギリシャからトロイに行ってしまい、取り返すために行われたものでした。
ここでヘレネーとトロイの女性がセットになってることから、神話で戦後にヘレネーを取り返し、そのときに一緒にギリシャに連れてきたお付きの女性を表しているのかもしれません。
なお、トロイ(イリオスとも)はトルコ北西部・エーゲ海に面した地域(エーゲ海を隔てると向こうはギリシャ)に実在したと考えられています(Wikipedia Ja)。トロイア遺跡(イリオス遺跡とも)群の発掘は1870年とオペラの一年後から開始され、それが神話のトロイアと同一だと認定されるのは1890年以降でした。バレエ初演時はまだ神話の世界の話でしたが、神話を実際にあった世界だと信じていた人もいたでしょうから、おそらく初演当時もトロイは実在だと思っていた人も多いのではないでしょうか。
ところでギリシャとトロイはエーゲ海を隔てて向かい合い、ギリシャとエジプトは地中海を隔てて向かい合います。距離はありますが隣国なんですね。
第6曲 ヘレネーのヴァリアシオン
先のトロイの女性たちによるアントレは前座であり、そのメインはギリシャ神話でトロイに行った絶世の美女ヘレネーでした。ヘレネーも踊ってファウストを誘惑します。なお、ヘレネーはゲーテの原作ファウスト第二部に登場し、ファウストと結婚します。
この楽曲後か後半で、ヴェールを纏ったフリュネが現れ、彼女たちによるファウストの誘惑合戦を中断します。
フリュネは、紀元前4世紀の古代ギリシャの実在したヘタイラ(遊女)で、あまりの美しさに女神アフロディーテ像のモデルとされたと言われています。さらに、不敬により裁判が行われた際、判決が不利になると見るや、恋人の雄弁家によってヴェール(衣服)を脱がされると、そのあまりの神秘的な美しさによってアフロディーテの女預言者とみなされ、無罪となったという逸話も残っています(Wikipedia Ja)。
第7曲 終曲-バッカナール
フリュネは中断した踊りを再開することをライバル(クレオパトラ達とヘレネー達)に指示し、彼女も加わりつつ少しずつヴェールを脱ぎ(ここでいうヴェールは逸話のとおりの衣服かもしれません)、ついに輝くような美しさで姿を現します。衣服を脱いだ場合は全裸です。この彼女の得意技は嫉妬と怒りを呼び起こし、饗宴は酒の宴(バッカナール)となります。この曲中にフリュネのアントレがト書きで指定されています。
おそらく曲中に2回長調っぽくなりますが、前半がヴェールを脱ぐフリュネのアントレ、後半の長調には何も書かれていませんが流れ的にフリュネのヴァリアシオンではないでしょうか。
なお、本来バッカナールとはローマ神話の酒の神バッカス(ギリシャ神話のデュオニソスと同じ)を讃えるお祭りですが、その詳しい内容は秘匿されていたため現代まで残っていないようです。紀元前のローマ歴史家リウィウス(Wikipedia Ja)によればバッカナールは、熱狂的な儀式で、男女・年齢・社会階層を問わず性暴力的な入会式があったなどを記述してます。実際、古代ギリシャではデュオニソスを祭るカルト的儀式としてオルギアというものがあり、それは生肉食とダンスとワインによる陶酔的高揚感(エクスタシス)の中で、神と一体となることを目的としていたとされています(Wikipedia Ja)が、当然のように当時の人々もわいせつな想像が掻き立てられたため、紀元前186年頃にイタリアでバッカナールを禁止する法令Senatus consultum de Bacchanalibusが通達されています(Wikipedia En)。また、夜間のバッカナールは過度のワインの飲酒・酩酊、男女・年齢・社会階級の別なく性的な交際、そして音楽が含まれていたと近年の研究家も述べています(Wikipedia En)。
現代ではクラシック音楽が芸術分野になっているためはっきりとは書かれないことが多いですが、史実がどうであれ、ヴァルプルギスの夜でイメージされているバッカナールは酒と音楽付きの乱交パーティーだったと考えるのが妥当かもしれません。魔女や悪魔や魑魅魍魎の集まりなので、「キリスト教からみた非道徳的なパーティー」が行われていたと考えるのが自然かと思います。
一方で、現代オペラでも映画でもそんなことは表現しづらいでしょうしバレエ単独でそれを表現するにも道徳観が問題になりそうな気もします。
さて、バッカナールの後、リブレットのとおりアスパシア、ライス、フリュネと遊女たち、クレオパトラとヌビアの奴隷たち、ヘレネーとトロイの娘たちが順番にやってきて、ファウストを誘惑し酔わせてファウストを魅了し、彼女たちに杯を手渡します。まさにバッカナールですね。その後、マルガレーテの幻影を見て牢獄へ向かいます。
以上となりますが、日本語訳こそ少し違う(バレエなので入場ではなくアントレとしたほうがいい)ものの「オイレンブルスコア」が最もオペラの流れに近いものだということが分かりました。
(3)結論:オペラ実演に近いタイトル
前§(6)で比較と推測を行いましたが、リブレットや台本の流れを把握すると次のことが検証できます。
第1曲 ヌビアの踊りかプレリュードとしてのワルツか
→ヌビアの踊りではありませんでした。プレリュードとしてのワルツで、ヌビア役のダンサーやそれっぽい踊りも含まれていたかもしれませんが、それがメインではありません。
このため、「Mouvement de valse modéré」のタイトルのままでよいかもしれません。更に付け加えるならPreludeでしょうか。
第2曲 ヘレネーとトロイの娘か、そこにクレオパトラが入るのか否か
→ヘレネーとトロイの娘(女性たち)だけではなく、クレオパトラとヌビア人女性(奴隷)も含まれました。冒頭のメインとなるアダージオですが、「Adagio」だけでは伝わりません。
このため、「Cléopâtre et les Nubiennes, Hélène et jeunes Troyennes(クレオパトラとヌビアの女性たち、ヘレネーと若いトロイの女性たち)」とし、付け加える場合にAdagioとしたほうがいいかもしれません。
第3曲 ヌビアの娘またはヌビア奴隷の踊りの可能性が高い
→ヌビアの娘(女性たち)は奴隷だったと確かにリブレットに書いてありますが、クレオパトラのお付きや踊り子的な役割なので、奴隷であることは特別に強調するほどではありません(奴隷と書いても間違いではありません)。「入場」「登場」だとバレエ用語ではなく見えてしまうのでアントレのままがよいかと思います。「Entrée des jeunes Nubiennes(若いヌビアの女性たちによるアントレ)」。
第4曲 クレオパトラの踊り、ヴァリシオンである可能性が高い
→実際にクレオパトラのヴァリアシオンでしたのでこのままで大丈夫でしょう。ただし、変奏曲ではないのでバレエ用語ヴァリアシオンがよいでしょう。
「Variations de Cléopâtre(クレオパトラのヴァリアシオン)」
第5曲 トロイ娘の踊り
→実際にトロイの娘(若い女性たち)の踊りなのでこのままで大丈夫でしょう。アントレはバレエ用語のままがよいでしょう。
「Entrée des jeunes Troyenns(若いトロイの女性たちによるアントレ)」
第6曲 鏡の意味、ヘレネーの可能性がある
→リブレットや台本を見ても鏡の意味が不明でした。トロイの娘たちの後にメインとなるヘレネーが来るので、ヘレネーの踊りで間違いありません。
「Variation de Hélène(ヘレネーのヴァリアシオン)」
なお、「鏡」の由来は結局意味がわかりませんでしたが、先に述べたように本来は1人で踊るヴァリアシオンを表現や振付の一環として2人で鏡像のように踊っていた可能性も考えられます。
ヘレネーはエウリピデスによる戯曲の中では、ヘラが雲からヘレネーの幻影を作ったり、アフロディーテと同一視されたりと「人」「女神」といった二面を持っていた(Wikipedia Ja)ため、バレエの演出としてはそういう可能性もあったかもしれません。
第7曲 フリュネの踊りのであり、速い部分はバッカナールか
→バッカナールで間違いありません。今のところ台本にはフリュネのアントレまでしか書かれていないようですが、アントレだけということはない(しかもバレエにおいて終曲なのでアントレで終わることもないでしょう)ことから、ヴァリアシオンがあったはずです。曲中2回雰囲気が変わるので、前をアントレ、後をヴァリアシオンを想定していますが、確固たる証拠がないので「踊り」でまとめる方が無難でしょう。「Bacchanale et Danse de Phryné(バッカナールとフリュネの踊り)」がよいかもしれません。Finalを付けるならタイトルの前に付けた方がよいでしょう。
4.まとめ
以上のことから、当ブログでは以下をグノーのオペラ「ファウスト」のあらすじとオペラの流れに近いタイトルとして提案します。
(1)グノーのオペラ「ファウスト」のあらすじ(新)
ゲーテの「ファウスト」を元に作られた5幕からなるグノーのグランド・オペラ「ファウスト」。第1幕~第4幕の間には、年老いた博士の主人公ファウストが悪魔メフィストフェレスに魂と引き換えに若くしてもらい、愛した女性マルガレーテと関係を持ちます。マルガレーテの兄は憤慨しファウストに決闘を挑みますが、メフィストフェレスの力を借りたファウストが勝利します。しかしそれは気持ちのよいものではありませんでした。第5幕では、メフィストフェレスに気晴らしとしてドイツのブロッケン山山頂で行われる魔女や悪魔や怪物たちの饗宴「ヴァルプルギスの夜」に連れられてこられる場面になります。
「ヴァルプルギスの夜」では、メフィストフェレスが黄金に光り輝く宮殿を出現させ、古代の女王や遊女といった「絶世の美女たち」がファウストたちを取り囲みます。メフィストフェレスがファウストに傷ついた過去を忘れられる酒を飲むように促し、ファウストも呼応して歌い、古代の美女や遊女たちがファウストを誘惑していく場面でバレエが踊られます。各曲ごとに様々な古代や神話の女性たちが踊ります。
バレエの後、様々な古代の女王や遊女がファウストを酔わせ服従していきますが、マルガレーテの幻影を見て、子殺しの罪で投獄されているマルガレーテに会いに行くことになります。
(2)各曲のタイトルと解説(新)
第1曲 Mouvement de valse modéré(ムーヴマン・デ・ヴァルス・モデレ)
ファウストが「ヴァルプルギスの夜」でメフィストフェレスに連れられて黄金に光り輝く宮殿に入ると、古代の女王や遊女たちに囲まれます。そこには豪華な食卓があり、メフィストフェレスが大宴会の始まりを告げます。
古代の美女・遊女たちもメフィストフェレスの大宴会の始まりの宣言に呼応した後、メフィストフェレスはファウストに杯を取るよう促し、ファウストも杯を取って歌い、その後にこのワルツが踊られます。プレリュードのような踊りで、かつ次の第2曲アダージョの前座のようなワルツです。
ムーヴマンはバレエ用語で「動作」で、タイトルを直訳すると「穏やかなワルツの動き」となります。
第2曲 Cléopâtre et les Nubiennes, Hélène et jeunes Troyennes(クレオパトラとヌビアの女性たち、ヘレネーと若いトロイの女性たち)
ワルツのあと、紀元前5世紀の古代ギリシャの高級娼婦アスパシアとライスを先頭に古代の美女・遊女が合唱し、ファウストとメフィストフェレスを饗宴に誘います。メフィストフェレスも「真夜中だ!準備ができた!お祭り騒ぎだ!」と美女達と一緒に歌います。
そして、古代エジプトの女王クレオパトラとそのお付きの奴隷のヌビア人の女性たち、古代ギリシャ神話の絶世の美女とされたヘレネーとそのお付きのトロイの女性たちがファウストを取り囲み、ファウストを誘惑する場面でゆったりとしたこのアダージョが踊られます。
第3曲 Entrée des jeunes Nubiennes(若いヌビアの女性たちによるアントレ)
皆でまずファウストを誘惑した後、クレオパトラ率いる古代エジプト勢力とヘレネー率いる古代ギリシャ神話勢力による誘惑合戦が始まります。
最初は古代エジプト勢力のクレオパトラのお付きのヌビア人奴隷の女性たちの踊りです。
タイトルの「アントレ」とはバレエ用語で入場や導入部分のことで、アントレのあとにアダージォやヴァリアシオンといったメインの踊りがあります。つまり、オペラの中ではクレオパトラの前座の踊りになります。
第4曲 Variations de Cléopâtre(クレオパトラのヴァリアシオン)
ヌビア人女性たちの踊りのあと、満を持してクレオパトラが踊ってファウストを誘惑します。クレオパトラは絶世の美女として知られていますが、声は甘く楽器のようで、多数の言語を操り、エジプトの豊穣神イシスと同一視されることもありました。
ヴァリアシオンとはバレエ用語で、舞台の真ん中で1人で踊ることをいいます。バレエの見せ場の一つでもあります。
第5曲 Entrée des jeunes Troyenns(若いトロイの女性たちによるアントレ)
古代エジプト勢力の踊りのあと、今度は古代ギリシャ神話勢力によるファウストを誘惑する踊りが始まります。「トロイの木馬」で知られるトロイア戦争でギリシャに攻め込まれた側の国がトロイですが、その理由はギリシャの絶世の美女ヘレネーを取り返すためでした。この若いトロイの女性たちは、ヘレネーのお付きの女性かもしれません。
第6曲 Variation de Hélène(ヘレネーのヴァリアシオン)
若いトロイの女性たちの踊りのあと、満を持して、ギリシャ神話でトロイに行ってしまった古代ギリシャ神話の絶世の美女ヘレネーが踊ってファウストを誘惑します。ちなみに、ヘレネーはゲーテの原作ファウスト第二部に登場し、なんとファウストと結婚します。
第7曲 Bacchanale et Danse de Phryné(バッカナールとフリュネの踊り)
古代エジプト勢力とギリシャ神話勢力による誘惑合戦は、紀元前4世紀頃の古代ギリシャの実在した娼婦フリュネの登場によって中断されます。
フリュネはその美しさからヴィーナス女神像のモデルにされたともいわれている人物です。不敬により裁判で有罪になりかけるも、着ていたヴェールを脱いだ際にその美しさから女神の預言者とされて無罪とされたなどの逸話が残っています。
フリュネの登場により、その美しさはまわりの嫉妬と怒りを呼び起こし、誘惑合戦は退廃的な酒の饗宴バッカナールに代わります。バッカナールとはローマ神話の酒の神「バッカス」に由来しバッカスを称える酒宴の踊りを指しますが、ここでは酒と誘惑と怒りと嫉妬との乱痴気騒ぎを指しています。曲中で雰囲気が変わる箇所はフリュネのアントレやヴァリアシオンだと考えられます。
この曲が終わったあと、突然ファウストの想い人マルガレーテの幻影が現れます。ファウストは誘惑を断ち切り盃を投げ捨てると、黄金に輝く宮殿や古代の美女・遊女たちは消え失せて、マルガレーテに会いに行くことになります。
5.参考
公演例
洗足学園音楽大学
バレエの振付はオペラとおそらく関係ありません。
プリモルスク・オペラ・バレエ劇場
古代ギリシャ風の格好をしていたり、それなりにオペラの流れに沿っているように見えます。
2004年ロイヤル・オペラ・ハウス
オペラ中のバレエです。クレオパトラやヘレネーが出てきているようには見えません。第2曲も省略されている…???
他にもYoutubeを探すと様々な公演がありますが、当時のオペラのストーリーに沿ったものはおそらくほとんどないでしょう。
とはいえ、初演時もバレエの際にギリシャ人やヌビア人(黒人系の方)が踊っていたわけでもないと思いますし、振付師やバレエ団のメインの人数など様々な意図もあると思いますのでそのあたりは細かいことは気にしなくてよいと思います。当時どんなバレエの振付をしたのかも記録としては残っていないと思いますので。
コメントを残す